秘密基地より

書きたいときに興味あることを駄書く。

アドバイス「考えすぎ」「気にしすぎ」は間違い。

何か悩んでいる事がありそれについて考え第三者に聞いてみる事がある。

その時に言われがちなのが、「考え過ぎだよ。」や「気にしすぎじゃない?」という言葉。

 

ここで改めて考えてみると、考えすぎ気にしすぎには2段階ある。

 

悩み事に対して漠然と不安を感じながら、未来を悪い方向に思い描くのが1段階。

 

悩み事に対して感情を切り離し、

悩んでいる対象や物事、さらに自分自身を第三者目線で観察・分析し、構造を理解し行き詰まっている原因を探りあて、

それに対処する方法を考えだす。

長いがそれが2段階目。

 

 

1段階の場合、問題は感情だから「気にする事はない、大したことじゃないよ。」とアドバイスするのもアリだ。

ただ問題はこの段階ですませた場合、本当に気にしない(忘れる)か、次の悩み、または悩みを超える関心事がないと解決しないこと。

それにまた同じような悩みを抱えても根本から解決はしてないので何度も同じように悩む。

年齢を重ねれば、'慣れ'という離れ技も使えるが。

悩やんでいるほうが最初から「解決」ではなくて「共感」を求めている場合はいいが、「解決」のケースだと2段階目の方法も該当する。

 

 

 

2段階目の場合気にしすぎと言われるのは、自分なりに探った問題の原因を言っている時だと思う。

 

相談される側は、一見同じ内容なので同じ言葉をかけるが、

相談するほうは感情メインと分析メインで立ち位置が違うので、分析メインの方は違和感を感じるだろう。

 

他人に聞いて成果がなければ自分で解決するしかない。

悩みは元々主観的なので結局こちらのほうが納得する事も多い。

もちろん他人の意見は自分にない切り口のものなので参考にはなる。

 

この考え方がすべての人にとって正しいとは思わないが、体感的に結構当てはまる悩みが多いのではないかと思う。

 

ただひと口に観察分析と言っても、立ち位置ややり方によって結論が正反対になる事もある。

自分でじっくり、丁寧に納得するまで考えるしかない。

時には出した結論を捨て一から考えなおす事もあるだろう。

 

最初は面倒だしイヤな作業だけど、出た結論は自分の事でも驚くことが多いし、またそれが面白い。

そのうち悩み以外も色々分析してみると、際限がないので退屈しない。

 

 

悩み解消のついでに、コスパ最強の趣味になる。。のでした。