読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

秘密基地より

書きたいときに興味あることを駄書く。

疑う。自由になるために。

たいていの場合、直感は正しい。


以前、養老孟司さんの新書でそんな感じの文章を読んだ。
その時は、ん?そうかなぁ。と納得できなかったんだけど、だんだん納得できるようになってきた。


自分用に分かりやすくするなら、
ある程度経験を積んだ後の直感はたいてい正しい。
となりました。

経験値をあまり積んでない頃の直感は外れる事も多かった。
恋愛経験で考えると、こういう事言う人やる人はいい人悪い人、ってだんだん見分けがつくようになってきますよね。


そう考えると恋愛に限らず、どんな経験も直感の糧になってるはず。


体を使った経験でも頭を使った経験でも、たぶんどっちも使える。


体を使う場合は
体力、精神力、時間を投資する分、体感として理解する事ができる。

頭を使う場合は、多面的に深く追求し反芻する事で繋げられる気がする。



年上の人の言葉が納得できるのも経験値が高いからって考えると納得。



ただ気をつけないといけないなと思う事もある。



体験でも思考でもエネルギーを使って得た直感は、正しいはずと思い込みやすい。

つまり同じ事柄が目の前にきた時に反射的にくる直感、を省みることはなかなかしないということ。

何が言いたいかというと偏見の話。


偏見はたぶん経験に裏打ちされた直感からくる。
なんとなくイヤだなと始まる感情の本を正せば関連する経験なはず。
これはあまり経験を積んでいない子供が、偏見を持ちにくい事からもわかる。


偏見は、良くないなあ、と思ったりする。

防衛本能として偏見を持つのもある程度は大事という事もわかる。
それでも、良くないなあ、のほうに一票。


偏見される側が気の毒、しんどそう、というのももちろんあるけど、なにより自分が損だから。


ひとつの視点から見るのと複数の視点から見るのはどちらが自由か、どちらが楽しいか。


あたしは後者がいい。
自分で作った狭い部屋で右往左往するのはつまらない。

そこから抜け出すのは
意識して、反射的に浮かぶ直感を疑う。というのが正解なはず。
とても難しいことだけど。


自分を疑う「経験」も必要。


いろんな経験を積めばそれだけ毎日は楽になる。





疑おう。






ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

にほんブログ村登録してみました。
ブログ村に飛んじゃいますよ。うっかりクリック!お願いします。